2018年9月10日月曜日

住吉大社観月祭献詠句

9月10日午前10時半から、大阪の住吉大社にて、観月祭献詠俳句の選者会が開催されました。境内では一抱えもある樹木が数十本も倒れ燈籠も壊れて、惨憺たる有様でした。参集した審査員は予選の選をした5名の内3名。大橋晄、古賀しぐれの各先生と私。今回の応募総数は623句。その中から最終選考に残った句は18句。なんとその内の7句が九年母会員の作品でした。5名の選者の事前の予選により選ばれた18句が一枚の用紙に表示され、高得点の句から順番に最終の審査をし、順位を決定しました。高得点の句でも、表現が適切でなかったり、文法上の誤りがあったり、漢字が間違っていたりで落とされます。
 18句の中から最終的に13句に絞られ、成績の順に天賞・地賞・人賞と佳作10句が選ばれました。九年母関係の入賞・入選者は以下の通りです。

 地賞  月に立つただそれだけで泰らげる  河野 信子
 佳作  被災地へ尽きぬ祈りや今日の月   武本 敬子
 同   喜びにまた哀しみに仰ぐ月     光山 惠子
 同   集ひ来てみな住吉の月の友     小柴 智子
 同   復興に静かな力月涼し       深澤美佐恵

今日の最終審査で分かった事ですが、無記名の句を審査する予選の段階では、私は光山惠子さんの句と小柴智子さんの句には、満点(2句のみ)の5点を、河野信子さんの句には4点、武本敬子さんの句には3点を付けていました。また、武本敬子さんと光山惠子さんは、同時に投句された他の1句も、最終選考に残っていました。

予選で高得点を取られた句に、「看取り女」という言葉を使った句が有りました。表現が時代にそぐわないのでは、との意見が出され、議論の結果見送ることになりました。「看護婦」でも時代にそぐわず「看護師」となったのです。ましてや「看取り女」では、ということでした。また、河野信子さんの句は、原句は「月に佇つ」でしたが、「佇つ」に問題があると議論になり、最終的には「立つ」と直して入賞としました。「佇む」は、「たたずむ」であって「たつ」とは読まない、というのが出席審査員3名の共通の意見でした。

入賞・入選の皆さん、おめでとうございます。今月の24日の表彰式に是非ご出席ください。応援団の皆さんも、秋の夜の観月の宴の神秘を味わいに行きましょう。

2018年8月30日木曜日

短冊の処理

前回に引き続き、句会の作法に付いてお話します。短冊(小短冊)が配布され、清記用紙に転記します。読者の皆さんは、この後、転記が終わった短冊をどうしますか。句会場で見まわしていると、実に様々です。乱雑に机の上に置いたままの人、ノートに挟み込んでいる人、軽く結んで机上に置いている人。

 私は、昭和59年5月に初めて句会に参加しましたが、師匠の古澤碧水から、短冊の処理を習いました。それは、短冊をきっちり揃えて結ぶというものでした。清記が終わって静かに短冊を結んでいると、心が落ち着いて来ます。さあ、選をするぞ、という気持ちが湧いてくるのです。茶会の袱紗捌きにも通じるものがあります。軽く結んで机の上に置きます。周りの人の目に見える位置におき、短冊通りに清記しました、不正は一切ありません、という意思を示します。

 最初は、 神社で頂く御神籤のようにしっかり結んでいました。その後、汀子先生宅で開催される下萌句会に参加する内に、長山あやさんの結び方に感動しました。それは、しっかり結ぶのではなく、五角形に結ぶというもの。ふわふわとお握りを握るように軽く結びます。なかなか綺麗な五角形にはなりませんが、結んでいる内に気持ちが解れて来ます。句会が始まるという緊張感の中で、ちょっとした気分転換にもなります。
 
 俳句は、座禅や茶道と並んで精神修養の場とされています。どこかのテレビで放映している番組は、面白おかしく俳句を茶化すだけで精神修養とは縁がありませんが、本来の句会では、投句、清記、選句、披講と進んでいく過程で心が純化されていくのです。一つ一つの所作、手順を心を込めて進めましょう。短冊を結ぶのもその一つです。乱雑に散らかすことが無いようにしたいものです。
 

2018年8月20日月曜日

選評の礼儀(重要)

俳句は、古来より茶禅俳と称され、精神修養の一つとされて来ました。どこかのテレビでやっているような、笑いながら、他人の作品をからかいながらするものではありません。俳句を嗜むとは、心を鎮めて自然に向かい、自然をお作りになった造化の神の素晴らしい御業を拝見して賛美することだと思います。そのためには、句会には茶会と同じく、精神を練るための幾つかの礼儀が有ります。今回はその中の一つ、選の受け方についてお話ししましょう。

 先日のある句会のことです。いつものように私は、選に頂かなかった句の寸評をしていました。その時ある方が、「先生に直してもらったら、有難うございます、と感謝の思いを表すのが当たり前と違いますか」と仰った。その通りです。私もそうして育って来ましたし、今でもそうしています。浩洋先生の句会に籍を置いた時も、選に漏れた私の句を先生が寸評されるときは「私の句です」と名乗り、先生の寸評をいただくようにしていました。そして寸評が終わったら「有難うございました」と礼を述べました。

 ところが最近の句会では、地虫が石の下に隠れる様に、黙りこくって密かに自分の句の寸評を聞いている方が大半です。これでは真剣に自分の句と向き合っているとは言えません。自分の句に句評を頂くのです。恥ずかしい事でも何でもありません。先生の前には全てを曝して、真剣に句評を聞く。疑問点があれば、その都度質問して納得して行く。その様な心境を経てゆくことで、句境が深まり上達して行くのです。自分の句であることが分って恥ずかしい、と思っているようでは、俳句の上達は見込めません。自分を無にして、真摯に句評を拝聴する、という心境。これは俳句の道における一つの悟りだと思います。この心境に目覚めて下さい。

2018年7月30日月曜日

颱風見舞い

颱風12号が小笠原諸島近海で突如発生し、寒冷渦に引っ張られる形で東から西に向かって日本列島を襲いました。拙宅のある芦屋では、ほぼ真上を通り、猛烈な風が吹きました。マンションのベランダの手すり等、鋭角の部分に風が当たって金属的な、ジェット戦闘機機が空気を切り裂くような音が一晩中鳴り響き、ほとんど眠れませんでした。

それにつけても心配だったのは、広島・岡山両県をはじめとする西日本豪雨の被災地の状況でした。復興が緒に就いたばかりの時期に襲来した颱風に、被災地の皆さんはさぞかし心配された事でしょう。察するに余りあります。たまたま颱風が東海地方に上陸し、弱まりながら被災地へと向かった事は、被災地の皆様にとっては幸いだったと思います。12号が通常の颱風の様に九州や四国に上陸し、そのままの強い勢力で中国地方を襲ったとしたら、甚大な二次被害が出たかも知れません。

今回は運が良かったのですが、これからが颱風の本番。年々颱風の規模や勢力が大きくなって来ています。海水温の上昇が原因と云いますが、地球温暖化の原因をもう一度考えてみる必要があると思います。二酸化炭素の増加だけが原因でしょうか。それと同時に
私達の日常生活も、大規模災害に対応できるようなスタイルに変えて行く必要があると思います。住宅の立地はこれで良いのか。嘗て川が流れていたところや、池を埋め立てた所等、本来住宅を立てるには不向きなところが宅地分譲されて、結果的に大災害に巻き込まれた所が沢山あるように思います。

災害は常に私達の身の回りで牙を研いでいます。どうすれば身を守れるか、もう一度考えてみたらいかがでしょう。今月のブログは、お見舞いばかりになりました。

2018年7月23日月曜日

猛暑お見舞い申し上げます

猛暑お見舞い申し上げます
 今日は埼玉県熊谷市で最高気温が41.1度を記録し、観測史上最高となったようです。阪神間は、前に大阪湾、背後に六甲山があり、海風と山風が適時適切に吹きますので、さほどでもないのですが、同じ兵庫県でも篠山の様な内陸部や、豊岡の様な日本海側の年では、今年は猛烈な暑さに見舞われています。どこまで暑くなるのでしょう。恐ろしい事です。
 先日の集中豪雨以来全く雨が降らないので、拙宅のあるマンションでも、植栽の散水に追われています。管理人や植木屋さんが毎日のように水を撒いていますが、とても追いつかず、苔が干からびて来ています。平年の月の2ヶ月分の雨が纏めて降ったら、当分降らないのかも知れませんね。
 毎日のように熱中症で沢山の方が亡くなっています。熱中症とは、熱に中る訳ですから、体を冷やして熱を下げることで防げます。首筋と脇の下、腿の付け根を集中的に保冷材で冷やすと、症状が改善します。同時に大量の汗をかきますので、水分と塩分の補給が大切です。嘗て学生の頃に、太平洋を船で往復したことがありました。帰路の船上で熱中症の症状が出た時、とっさにデッキの手すりに着いた塩を舐めたら、症状が治まりました。現在は、市販の天然水のペットボトルの中に梅干しを1個入れて、愛用しています。
 おかしいなと思ったらすぐに体を冷やす行動をとる、これで熱中症を予防し大暑、残暑を乗り切りましょう。芦屋の花火大会のフィナーレをお裾分けします。

2018年7月10日火曜日

お見舞い

 それにしても大きな災害になりました。梅雨前線による洪水被害としては、平成時代では最悪となりました。会員諸氏の中で被害に遭われた方は無かったでしょうか。親戚縁者の方はどうだったでしょうか、お見舞い申します。
 兵庫県の調べでは、拙宅のある芦屋でも4日の降り始めから通算通算して700ミリを超える雨量を記録したそうです。芦屋川が猛烈な勢いで駆け下っていました。今日現在、広島・岡山・愛媛など各地の犠牲者数は150名に迫り、行方不明者が60名を超えています。ニュースでは、一階で寝ていて水没して亡くなった高齢者が多いとのこと。若い方は屋根に避難できますが、高齢者は、浸水に気がついても体力が衰えているので逃げられず、犠牲になる事が多いようです。
 地球温暖化の影響で、颱風が大型化して来て、猛烈な被害を伴うようになって来ました。集中豪雨も大きな洪水を引き起こす様になって来ました。普段から、災害に対する備えをしておきたいものです。
 俳句の世界では集中豪雨を「出水」と詠みますが、今回の西日本一帯を襲った大洪水を「大出水」くらいで詠めるものかどうか。鎮魂・慰霊の思いを込めた表現がないものでしょうか。犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被害を受けられた皆さんの、一日も早い復興をお祈りします。

2018年6月28日木曜日

紫陽花散策

梅雨の晴れ間を利用して、久し振りに西宮の北山緑化植物園を散策して来ました。平日とて、訪れる人もほとんどなく、広い庭園は貸し切りの状態でした。蘭亭の石碑の周りには、梅ではなくプラムが熟して沢山落ちていました。苑の奥の貯水池は、この雨で満水状態でした。最近の植物園では、外来の植物が多くなり、ダリヤとか矢車草、鳳仙花など、良く知っている名前は殆ど見当たりません。学名で書いてあるのもあり、栽培を研究している所かと思うくらいです。
 やはりこの時期、苑を統べる花は紫陽花の花。清楚なのは七段花。迫力のあるのは柏葉紫陽花。私は変化の楽しめる額紫陽花が好きです。今日拝見しました後日選の清記用紙に「あじさゐ」とわざわざ平仮名で書いて、失敗している句が有りました。平仮名で書くなら「あぢさゐ」が正しいですね。漢字をご存じないのか、はたまた平仮名で書いた方が優しく感じられると思ったのでしょうか。そんなつまらないことに神経を使わず、感動が伝わる句を詠むことが先決問題です。いくら平仮名で書いて優しさを装っても、読者が読んで、何の感動も伝わらないようでは、仏作って魂入れず、になります。先ず内容をしっかり詠んで、それが出来たら、平仮名で優しくするのも良いでしょう。先ず内容です。
 紅葉と書けばよいのに、平仮名で「もみじ」と書いて失敗する。正しくは「もみぢ」ですね。枇杷を「びわ」と書いて失敗する。正しくは「びは」ですね。
 苑内で私が一番気に入っている紫陽花をご覧ください。ではどうぞ。