2019年4月9日火曜日

時事句の命

4月3日、住吉大社にて松苗神事献詠俳句祭の奉告祭と表彰式が斎行され、九年母会の入選者の皆さんと参加・参列して来ました。今回投句された句は628句、投句者は314名。この内、最終選考に残った句は31句、内九年母会員が12句を占めました。最終的に入選13句に選ばれた九年母会員の句は5句と、他の結社を圧倒しました。

今回の投句の特徴は、元号や御代の変更に関するものが約3分の2を占めた事です。この大会では毎年、松の苗を植えることに関するよく似た発想の句が沢山投じられます。類想句が多いのです。そこで今年の投句者は一計を案じ、御代替わりの句を詠んでみようとされたのでしょう。

しかし御代替わりや新元号は、一つの社会事象であり、時事に関する事柄です。時事を詠んだ句は直ぐに飽きられ、時の流れの中に消えてしまい易い。過去の思い出の一つになってしまうのです。私達が希求しています俳句は花鳥諷詠です。造化の神の御業を賛美する詩を詠むことです。時事は川柳としては好材料かも知れませんが、将来にわたって、読者の心に残ることは無いでしょう。

時事句を詠んではいけないと云うことではありませんが、それは記念の句として句帳なり日記に留めておく方が良いと思います。

伊予の青石

4月9日、快晴の空を仰ぎながら朝8時に自宅を出て、電車とバスを乗り継いで淡路の津名港に参りました。同地で柏原憲治事業部長と髙野さち経理部長のお二人とご一緒に大竹石材店の社長の車に乗せて頂き、愛媛県西条市の石材店に向かいました。
石材店で、「伊予の青石」と呼ばれる、深い緑色に褶曲模様のある石を沢山見せて頂きました。そして写真に有る石を選びました。正面にはあまり褶曲模様がありませんが、句が彫りやすい、平らな面があります。
伊予の青石というのは、ジュラ紀に海底に堆積した緑泥がマグマの熱で変成した火成岩で、緑泥片岩と呼ばれ、最高級の庭石だそうです。先年、千鳥句会で吟行した東京の清澄庭園にも幾つか有りました。写真では横倒しになっていますが、右側から3分の2の辺りで切断し、右側を上にして立てられます。石はこれから西条市の石材店から淡路島の大竹石材店に運んで加工され、句が彫刻されます。句碑開きは10月14日。出来上がりが楽しみです。自宅を出てから片道4時間かかりましたが、楽しい旅でした。


2019年3月30日土曜日

時事俳句の命

先日の住吉大社松苗献詠俳句祭の選考会で話題になった事だが、今年の応募句には平成の元号を惜しむ句や、新しい元号を待望する句が多かった。凡そ三分の二ほども有っただろうか。毎年、松植う、苗木植う、ばかりでは新鮮味が無いので、格好の句材として取り組まれたのだろう。お気持ちはよく分かる。

4月末日で今上陛下が退位され、翌5月1日を以て皇太子殿下が即位される。しかし、これは歴史的・社会的な時事であり、俳句に詠むとすれば、どんな句になるだろうか。作者の心の計らいがあるとしても、二百年・三百年の命を保つ俳句になり得るだろうか。時事の説明になるのではないだろうか。日記に記念として記すには、何ら問題が無いが、文芸作品として発表しても、一年を待たずして単なる時事の記録の句になってしまう。これを俳句と呼ぶべきかどうか。

2020年には東京でオリンピック大会が開催される。試合の模様を詠んだ句が山のように巷に溢れることになるだろう。しかしそれらの句は、やがて歴史の流れの中に飲み込まれて消えてしまうだろう。これは時事を扱った句の運命といえる。時事句を詠んではいけないということではないが、芭蕉の教えられた「不易の句」を詠むことを、私達は常に念頭に置かねばならない。江戸時代初期に詠まれた「古池や蛙飛び込む水の音」の句は、現代でも輝きを失ってはいない。

2019年3月2日土曜日

蘆焼という季語

ある俳壇に「蘆焼の雲煙立ちて日を覆ふ」という句が有りました。野焼くという季題はホットギス新歳時記にあり、傍題に、野火・草焼く・畦焼く・芝焼く、があります。
角川合本歳時記では、畦焼く、畑焼くという季題の傍題にあり、ホトトギス新歳時記とは少しニュアンスが違うようですが、どちらも早春の季題です。

掲句の「蘆焼く」はこのどちらの歳時記にも無く、角川大歳時記にも講談社版日本大歳時記にも載っていません。蘆は川原や岸辺に生えますから、野でも畑でもないという理屈は通りますので、大河が流れる地方のローカル季語(季題ではない)かと思います。しかし歳時記に無いのも事実ですので、「蘆焼き」という季語を使うならば、蘆焼きで有名な川など、情景が分かるように詠まないといけません。掲句で云うならば、敢えて蘆焼きに拘らなくても、野焼きでもよいのでは、と思います。雲煙が立つのであれば、山焼く、でも良いのではないかでしょうか。ここで見て来たと詠んでも、作者が思うほど読者は関心を示してくれません。むしろ、どこででも誰にでも分かるように詠む方が大切です。その方が、全国の読者には分ってもらえると思います。

2019年2月18日月曜日

俳人五十嵐播水特別展の開催

まだまだ寒い日が続きます。昨日は本部吟行で姫路文学館に参りました。2月7日から始まった「俳人五十嵐播水特別展」の拝観をかねての吟行句会でした。

一昨年7月に2回にわたって播水旧居を整理しました。ことの始まりは、五十嵐哲也前主宰から、野間田芳叢姫路支部長に架かった、「播水の遺品を姫路文学館に納めてほしい」という一本の電話に始まりました。支部長はさっそく文学館へ話をして了解を得られました。同時に私のところにも支部長から協力の要請が来ました。ちょうど、そのころ私の所には、五十嵐家のご親族から播水旧居の処理について相談が来ており、「播水記念文学館」の構想が持ち上がっていました。私はご親族と協議を重ね、最終的には姫路文学館に遺品を寄贈することになりました。(2017.7.12のブログ参照)

支部長の呼びかけで、九年母会員から播水の遺作・遺品が文学館に寄贈されました。私の方では、編集部・発行所他の皆さんにお手伝いをお願いし、文学館の学芸員さんにも参加していただいて整理を進め、軽自動車二台分の遺品を文学館に運んでいただきました。黴を殺すために、専門の業者に依頼して燻蒸作業をしたそうです。その後、竹廣裕子学芸員の手によって、整理・分類・調査がなされ、「俳人五十嵐播水特別展」が準備されました。五十嵐家のご先祖の墓地も明らかになりました。竹廣学芸員は播水の句碑の写真を撮るために、各地に旅をされたとのこと。彼女のプロ根性と文章力には感服しました。

その成果が2月9日から4月7日まで開催される、特別展示となって結実したのです。折しも今年は播水生誕120年、九年母誌1100号の記念すべき年。播水旧居が人手に渡りやがて姿を消す今年、ここに来れば播水先生にお会いできるという本拠が出来た事は、何とも嬉しい事です。姫路文学館を、九年母の心のふるさととしたいと思います。この機会に文学館を訪れ、是非播水先生の偉大な業績とお人柄に触れて頂きたいと念願しています。

2019年2月3日日曜日

厄払

今日は節分。各地の神社や寺院では豆撒きが行われたようです。「鬼も内」と唱えるところが増えて来たとか。世界の各地では、鬼同士が戦争をしています。それに比べれば、日本は平和なのかもしれません。

節分の夜は、何をするかご存知ですか?それは厄払いです。昔は厄年の家の前に乞食が「厄っくはらいましょ」と回って来て、銭と年の豆を乞い、厄払いの呪文のような唄を歌ったそうです。「あーらめでたいな、めでたいな、めでたい事で払おなら、鶴は千年亀万年、浦島太郎は八千歳・・・・」と。結構長い門付けの芸です。自分の厄を下層階級の者に背負わせて、自分は厄を免れようとする、封建時代の遺物だったのでしょう。

集落の道路に、男は褌を、女は櫛をわざと落として、これで厄が落ちるとする習慣も有りました。身に着けているものを落すことによって、厄も落ちる、と考えたのでしょう。戦後はこんな風習は無くなりました。道路に褌が沢山落ちていればニュースになるでしょうね。

今日の下萌句会の題の一つがこの「厄払」。見たことも聞いたこともありません。それを詠めと責められる。鬼のような句会です。「絵踏」という季題がありますが、これと並ぶ難題です。

  厄払らしき人影常夜灯   伸一路

苦し紛れに詠んだ句です。汀子選は駄目でしたが、互選で2点入りました。厄払いのお参りに行く人でしょう。夜の闇に紛れるように歩いています。常夜灯の前を横切った時に、ちらっと見た風景(といっても想像の世界で)。他の名人上手の皆さんも、この題には可成り苦労されたようで、飛びぬけて感動するような句は無かった。皆さんも一度挑戦してみて下さい。明日はいよいよ立春です。

2019年2月1日金曜日

近所探鳥

1月はとうとうブログを書く時間がありませんでした。毎日山のように押し寄せる原稿や選句。月16回の句会と講座。気力だけで頑張っています。昨日は、今宮戎神社の初戎献詠句240句と三木市民俳句大会の800句の選が終わりましたので、行きつけのスーパー銭湯に行って、ホッとして来ました。露店の湯に降る寒の雨は格別でした。

今日は昼から近くの芦屋市立西浜公園と中央公園を独り吟行しながら探鳥をしました。西浜公園の池にはカルガモの群が20羽。全て番で、初夏には子供を連れて来る事でしょう。
中央公園では、紅梅が咲き出していました。阪神淡路大震災の際に架設住宅が有った所で、退去する際に感謝の気持ちで梅の若木を植えられたものです。50本ほどの梅がこれから順番に咲いてくることでしょう。

色々な鳥の声が聞こえて来ました。ヒヨドリがクロガネモチの実に集まっています。上空をツグミが掠め、シロハラが機嫌良さそうに鳴いています。桜の大木に黒い羽衣のように小鳥の群が来ました。シジュウカラ・コゲラ・エナガの混じった群で、その数約30羽。カラの混群という、小鳥たちが集団で冬越しをする群れです。エナガが主体で、それにその他の小鳥が混じって来るそうで、沢山の眼で餌や外敵を見つけるためです。寒雀が沢山、枝に止まっていました。今が一番ひもじい時期。何とか頑張ってほしいものです。

宮川の河口にはヒドリガモ・キンクロハジロ・ホシハジロなどの鴨が群れていました。鹿児島の出水市の越冬地では、先月23日から鶴が帰り始めたそうです。この鴨達も帰りの途中なのでしょう。ハシボソガラスやキジバト、ハクセキレイも見かけました。近所でも沢山の鳥を観察できます。季節の移ろいを感じた探鳥でした。