2018年7月10日火曜日

お見舞い

 それにしても大きな災害になりました。梅雨前線による洪水被害としては、平成時代では最悪となりました。会員諸氏の中で被害に遭われた方は無かったでしょうか。親戚縁者の方はどうだったでしょうか、お見舞い申します。
 兵庫県の調べでは、拙宅のある芦屋でも4日の降り始めから通算通算して700ミリを超える雨量を記録したそうです。芦屋川が猛烈な勢いで駆け下っていました。今日現在、広島・岡山・愛媛など各地の犠牲者数は150名に迫り、行方不明者が60名を超えています。ニュースでは、一階で寝ていて水没して亡くなった高齢者が多いとのこと。若い方は屋根に避難できますが、高齢者は、浸水に気がついても体力が衰えているので逃げられず、犠牲になる事が多いようです。
 地球温暖化の影響で、颱風が大型化して来て、猛烈な被害を伴うようになって来ました。集中豪雨も大きな洪水を引き起こす様になって来ました。普段から、災害に対する備えをしておきたいものです。
 俳句の世界では集中豪雨を「出水」と詠みますが、今回の西日本一帯を襲った大洪水を「大出水」くらいで詠めるものかどうか。鎮魂・慰霊の思いを込めた表現がないものでしょうか。犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被害を受けられた皆さんの、一日も早い復興をお祈りします。

2018年6月28日木曜日

紫陽花散策

梅雨の晴れ間を利用して、久し振りに西宮の北山緑化植物園を散策して来ました。平日とて、訪れる人もほとんどなく、広い庭園は貸し切りの状態でした。蘭亭の石碑の周りには、梅ではなくプラムが熟して沢山落ちていました。苑の奥の貯水池は、この雨で満水状態でした。最近の植物園では、外来の植物が多くなり、ダリヤとか矢車草、鳳仙花など、良く知っている名前は殆ど見当たりません。学名で書いてあるのもあり、栽培を研究している所かと思うくらいです。
 やはりこの時期、苑を統べる花は紫陽花の花。清楚なのは七段花。迫力のあるのは柏葉紫陽花。私は変化の楽しめる額紫陽花が好きです。今日拝見しました後日選の清記用紙に「あじさゐ」とわざわざ平仮名で書いて、失敗している句が有りました。平仮名で書くなら「あぢさゐ」が正しいですね。漢字をご存じないのか、はたまた平仮名で書いた方が優しく感じられると思ったのでしょうか。そんなつまらないことに神経を使わず、感動が伝わる句を詠むことが先決問題です。いくら平仮名で書いて優しさを装っても、読者が読んで、何の感動も伝わらないようでは、仏作って魂入れず、になります。先ず内容をしっかり詠んで、それが出来たら、平仮名で優しくするのも良いでしょう。先ず内容です。
 紅葉と書けばよいのに、平仮名で「もみじ」と書いて失敗する。正しくは「もみぢ」ですね。枇杷を「びわ」と書いて失敗する。正しくは「びは」ですね。
 苑内で私が一番気に入っている紫陽花をご覧ください。ではどうぞ。

2018年6月19日火曜日

お見舞い

 高槻市など大阪府北部で震度6弱、拙宅のある芦屋では震度5弱でした。可成り揺れましたが、お陰様で拙宅(発行所)も家族も無事でしたのでご放念下さい。読者の皆様のお宅はどうでしたか。お怪我は有りませんか。お見舞い申します。
 揺れが収まったので仕事に出掛けようとしました。九年母7月号の二回目の校正(二校)がある日だったのです。しかしJR・阪急・阪神の三つの電車が全て運休。止む無く自宅で運転再開を待ちながら、会員の安否確認を続けました。激震地では固定電話が通じず、何度もかけ直しをしましたが、電話がかかった範囲では、皆さんご無事でした。
 編集部の千恵子さんは、二校に向かう途中でJRの電車の中に閉じ込められ、2時間後に線路を歩いて最寄りの駅に向かい、帰宅されたとの事。その他の編集部の皆さんは、各自の最寄り駅で運転再開を待っておられました。しかし交通機関が回復したのは夜に入ってから。このため二校は、地震の前に日光印刷へ行かれた橙更編集長お一人がされました。
 23年ぶりの強い地震。私はてっきり南海トラフの地震かと思いました。食卓テーブルの下に身を潜めた瞬間、スマホやラジオの緊急地震情報が入り、大阪府北部が震源地だと分かりました。揺れを感じながら、これは震度5程度だなと思いました。阪神淡路大震災の時の震度7に比べると、まだ軽かったのです。大阪の方は阪神淡路の経験がありませんから、さぞかしびっくりされた事でしょう。
 阪神淡路の時は、時の大阪市長が「米と水があったら自活せよ。頼られては困る」と被災者を悲しませる暴言を吐いたことがありました。震災当日の夜、焼芋を一本3000円で売りに来た人がおりました。屋根に掛けるブルーシートを、法外な値で売りに来た人もおりました。しかし、全国の人が応援に来られるようになると、その様な人は来なくなりました。困っている人の足元を見るような行為は、人として情けない事ですね。今回の地震ではそんな人が来ないように願っています。
 復興には長い時間が掛かります。しかしそこは大阪、持ち前の明るさとバイタリティーであっと云う間に復興されるでしょう。しかしせっかく復興に取り組むのですから、南海トラフの地震を想定した事業にして頂きたいと願っています。
 被災された皆様の、一日も早い生活再建をお祈りします。
 

2018年5月31日木曜日

若い息吹

当会の広報委員でホトトギス同人の池田雅かずさんを代表とする、新しい句会が誕生します。その名を「野蒜会(のびるかい)」といい、若手の俳人の研鑽の場として、また俳句の基礎を学ぶ道場として、10歳台~50歳台の方を中心に会員を募集しています。60歳代の方も、意欲の有る方は入会出来るようです。

原則第4日曜日の午後に開催、年1回は吟行をします。第1回目の句会は7月に三宮の神戸勤労会館で開催されます。詳細は幹事長の笹尾清一路さん(℡ 090-2049-6398  e-mail nobirukaikobe@gmail.com)にお尋ねください。

私が第1号の句会である「つぐみ句会(野鳥句会の前身)」を開設したのが平成17年ですから、13年の後に、私の教室で育った若いリーダーによる句会が出来たことになります。更に10年後には、リーダーに育った清一路さんが新しい句会を作って後輩を育成する事でしょう。こうして、九年母会は継続・発展して行きます。今後は、雑詠の選を通じて、若手で可能性の豊かな方には、野蒜会への入会を勧めたいと思っています。

野鳥俳句教室で育つた、嘗て若かった皆さんも、そろそろ自分の後輩を育てることを考えてみて下さい。小さな句会を作って俳句の勉強する、それで良いのです。部屋持ちの親方になって、関取が期待できる後輩を育ててみて下さい。

2018年5月14日月曜日

深川吟行

私は六甲道勤労市民センター俳句講座と葺合文化センター俳句講座の講師を永年務めていますが、その修了者と在籍者とで組織している千鳥吟行句会の皆さんと、5月10日、念願であった東京・深川の芭蕉の旧跡を訪ねる旅に出ました。ジパングを利用し、ビジネスホテルに泊まる格安旅行です。どこぞの主宰のような、立派な宿に泊まる権威主義的な旅ではありません。新幹線はひかり号。あちこちの駅で後続の列車に追い抜かれながらの、のんびりした旅です。これが私流の主宰の旅。今後も変わることはありません。
 正午過ぎに東京駅に到着し、地下鉄で江東区立芭蕉記念館に向かいました。品川までは雨が降っていましたが、最寄りの地下鉄森下駅に着く頃には雨が上がり、かもめの声が青空から降って来ました。隅田川界隈や芭蕉稲荷など、芭蕉庵が有った辺りを吟行しました。帰って来てから聞いた話ですが、隅田川に沿った芭蕉庵史跡展望公園に安置されている芭蕉象は、朝は北を向いているが、夕方5時を過ぎる頃から、川舟を見送るように西を向くそうです。午後3時から第1句会を開催、関西からの19名に加えて、関東支部から6名の方が参加、25名の大句会となりました。句会終了後、参加者全員が中華料理店に移動、懇親会を催しました。発行所・編集部全員を含めた執行部員と関東支部会員との懇親会となりました。お互いに様々な問題点を語り合い、有意義な会になりました。
 翌日は8時30分にホテルを出発、再び芭蕉記念館に戻り、句会の準備を整えてから、近くにある清澄(きよすみ)公園へ向かいました。途中、高田川部屋、尾車部屋、錣山部屋などの相撲部が有りました。見学は出来なかったのですが、若い力士がまわし姿で出て来たり、自転車に乗って買い物に向かう力士に出会ったり、と近づく五月場所への勢を感じました。
 清澄公園は、紀伊国屋文左衛門の屋敷跡と伝えられる広大な庭園で、さる大名家の下屋敷となりましたが、明治に至って岩崎財閥が購入し、3代に亘って公園として整備したもの。全国各地の名石・巨石が有ることでも有名です。大震災の後、東京都が半分を買い上げて、公園として一般に公開しています。神戸の相楽園の5倍ほどの広さがあり、芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」の句を刻んだ、巨大な句碑が建っています。
  午後1時30分から第2句会を開催し、江戸の名残りが残る深川を詠んだ句を楽しみました。終了後、関東支部の皆さんに見送られながら東京駅に向かい、5時のひかり号で関西へ戻りました。何より、関東支部の皆さんとの懇親が図れたことが大収穫でした。お世話になった関東支部の皆さんのお名前を記して、御礼と致します。
  文男・南・彩子・庸久・勤・三樹 の皆様、有難うございました。

   新緑の風をペダルに三段目    伸一路

2018年4月25日水曜日

雑詠の速達便

今日は朝から兵庫医科大学病院で、2月に受けた脾臓動脈瘤塞栓術の術後検査を受けました。造影剤を使ってMRIで画像を撮りましたが、手術は完璧でその後の再発もなし、とのこと。その他の内臓も見て貰いましたが異常なし。4月2日に受けた大腸の内視鏡検査も異常なく、不整脈と高脂血症は、近くの掛かり付けの先生に管理して頂いています。この先生にはもう15年来お世話になっており、待合室には九年母誌を毎月、宣伝用に置かせて頂いています。「結構、患者さんが読んでいますよ」との事です。
 毎日6時に起床、血圧を測定し、6時半からはラジオ体操。野菜を中心とした食事を3食しっかり食べて、良く働き、よく歩き、8時間しっかり眠る。歯は全て自前で、3か月ごとに歯科医院でチェックを受けています。心配なのは、歳相応に、物忘れが出てきたことくらいなものです。
 さて、7月号の雑詠選が本日終了し、明日編集長にお渡しする予定ですが、最近気になっていることが有ります。それは、最後の最後まで推敲をされるのでしょうか、投句が全体的に遅くなって来ていることです。そのため駆け込みの速達便が増えて来ました。この速達便、出す方も280円の負担が別途かかりますが、郵便局員にも負担が掛かります。25日が近づくと、毎日何回も、一般郵便物とは別に、速達係の局員がバイクで速達を届けに来られます。その都度1枚だけ持って。雨が降ってもです。仕事と言えばそれまでですが局員も人の子。九年母の葉書が負担にならない様、もう少し早めに雑詠をお出し下さるよう、ご協力をお願いします。

2018年4月17日火曜日

第1回追悼句会

 4月15日日曜日、神戸市須磨区の須磨寺にて、定例の吟行に替えて、九年母会の先々代の主宰五十嵐播水、先代の主宰五十嵐哲也両先生の追悼句会を開催しましたところ、会員の皆さんが69名も参加して下さいました。
 昨年の4月は哲也前主宰の1周忌を、神戸市北区有馬にある念仏寺で開催しました。この時は元同人会長で前住職のうろお老師がお元気で、読経をして下さったのですが、その後老師が遷化され、後を継がれたご子息様は俳句をなさらず、当会との縁が薄くなってしまいました。また当会の会員からは、足腰が弱ったので有馬まで行くのが辛い、という声が多数寄せられました。そのため播水旧居に近く句碑もある須磨寺での開催を立案、運営委員会の了承を得ました。しかし相手は1200年の歴史がある、源平所縁の大古刹。そう簡単に行く訳がありません。そこで、近くにお住いの岩水ひとみさんに相談、幸いにも彼女がお寺の管長様や関係の方と親しくされている事から話が順調に進み、下見やお寺との細かい打合せを重ねて、今回の開催に漕ぎつけたものです。
 句会では、九年母会員の十八番の「師の句碑」を詠んだ句が山のように出されました。句碑は墓石の様な記念碑です。亡くなった方に墓石の立派さを褒めても喜ばれないでしょう。それより故人との様々な思い出を句にした方が供養になるというも。ですから、私が頂いた句碑の句は1句だけでした。句碑を介してでなければ追悼が出来ないというのは、寂しい限りです。先生と一緒に吟行をした思い出や句会で感銘を受けたことなど、他にも詠むべき材料はある筈です。また、それを詠むのが追善供養というもの。詠むだけの思い出が無ければ、他の景物を詠んで、両先生にご覧いただけばよいのです。「先師句碑先々師句碑寺若葉」と、石材店の広告のように句碑を連ねるのは如何なものでしょう。追悼とは何か。来年の追悼句会ではこの辺りをしっかりお考え頂きたいと思います。
 須磨寺の土子課長様には大変お世話になりました。改めて御礼申し上げます。