2024年2月20日火曜日

「俳句界」のグラビア撮影

 2月19日月曜日、正午から予定通り「俳句界」4月号のグラビアの撮影が始まりました。東京から来られた副編集長さんがてきぱきと撮影場所を指示され、私はひたすら微笑んだり真剣なまなざしになったりと百面相を作り、被写体として頑張りました。微笑み続けていると、顔が引きつって来ます。癌の影響で猫背になっているので、背筋を伸ばすのが大変でした。どんな写真が撮れたかは4月号のお楽しみです。

写真撮影の後、食事をしながらインタビューを受けました。副編集長さんが私の大学の後輩だということと、お住いが私が学生時代を過ごした杉並区下井草であることが分かってからは、先輩と後輩の語らいの様相となり、学生時代の事、下井草の思い出など、いろんなことを語り合いました。九年母の進むべき道や主宰の在り方、組織の充実や人材育成など、幅広い話題を語り尽し、ふと気が付いたら3時間が経過していました。副編集長さんがどのように纏められるかも楽しみです。

4月号には写真の他に、私の800字のエッセイと近作30句も掲載されます。是非ご一読下さい。

2024年2月16日金曜日

明石市の俳句教室

 2月15日、明石市高年クラブ連合会主催の俳句教室が明石市立勤労福祉会館で開催され、講師を務めました。参加者は25名、和やかな句会になりました。句会と言っても、事前に葉書で2句投句していただき、私が選をして句会当日に成績を発表するとともに全句の講評をするというもので、互選はありません。

従って選の力を磨くというより作句力を磨くのに役に立つ教室と言えます。特選8句。入選18句、選外24句をすべて句評し、特選の句に記念品(九年母のバックナンバー)を差し上げました。

受講された2人の方から、18日の石ケ谷公園での九年母本部吟行に参加したいとの申し出がありました。当日10時に、公園の中でお会いする約束です。皆さんのご協力をお願いします。

最近、句会のマンネリ化を感じています。互選では無難な句の採り合いの状況が見られます。類句や類想句を特選に採っている人も見かけます。マンネリ化から脱皮するためにはどうすれば良いか。自分の硬くなった殻を内側から壊して新しい俳句作家に生まれ変わるためには、思い切って挑戦してみることです。互選で採るられることだけに腐心しているとマンネリ化した句になりやすい。新しい境地を開拓しましょう。

     その竿で何が捕れるの若布だよ   伸一路

2024年2月7日水曜日

「かな」の使い方

 句会の選をしていると「かな」の使い方の誤りが多く見つかります。投句を借用して「かな」の句の実例を幾つか例示しますので、どちらが良いか、考えてみて下さい。

1.①仲見世の客の賑はひ小春かな

  ②仲見世の客の賑はふ小春かな

2.①母の味家伝となりぬ雑煮かな

  ②母の味家伝となりし雑煮かな

3.①塗椀を両手でかかえ雑煮かな

  ②塗椀を両手でかかふ雑煮かな

私はどの句も②の使い方の方が良いと思いますので、①の句は頂きません。如何でしょうか。

和歌の事を敷島の道、連歌の事を筑波の道と上品に呼ぶのに対して、俳句は「やかな」の道と呼ばれます。随分雰囲気が違いますが、「や」・「かな」は俳句の切字の代表格ということでしょう。それだけ頻繁に使われているのに、「や」に比べて「かな」の使い方はぞんざいです。

「かな」が正しく使えれば、入選率が飛躍的に向上します。正しい使い方を心掛けましょう。

2024年1月17日水曜日

常用漢字

 昭和21年(1946年)11月、現代国語を書き表すために、政府が日常使用する漢字の範囲を定めて公布した、1,850字の漢字を当用漢字といいますが、その後見直しが行われ、昭和56年(1981年)3月の国語審議会の答申を受けて、一般社会生活において使用する漢字1945字が選定され、同年10月に告示されされました。これを常用漢字と言い、義務教育で習います。更に平成22年(2010年)の告示で2136字に改められました。

私達はこの常用漢字を使って俳句を詠んでいる訳で、新聞や雑誌なども、原則としてこの常用漢字を使って発行されています。ところがこの常用漢字の他に人名だけに使う人名漢字や、表外漢字と言って常用漢字表に載っていない漢字が有ります。

スマホで調べてみると、表外漢字として、飴、伊、炒、噓、絆、繋、蝶、杖、吊、濡など、日常的に使っている漢字がたくさん有ります。このような漢字は学校では習わず、本を読んだり仕事を処理する中で習い覚えます。俳句を詠む際にも、常用漢字以外の漢字を自然に使っています。

先日「九年母」の雑詠投句に「鵟」という漢字を使った句が有りました。この字は「ノスリ」と読み、鷹の一種です。形は鳶によく似ていて、尾羽が扇を開いた形であることと、両翼の幅が広いことが特徴です。鵟も鳶も、鳩も雀も燕も鴨も、常用漢字ではなく表外漢字です。こんなことが案外、九年母の句は難しいと言われる要因かも知れません。

最初の句集「鳥語」を上梓した時も、漢字がむつかし過ぎるという話を聞きました。特に鳥の名前がたくさん出てきますので、鴛鴦、鶺鴒、梟などは、俳句をしない一般の方は先ず読めないでしょう。ならば片仮名で書く方が良いかどうか。

俳句は詩ですから、漢字か片仮名か、場合によっては平仮名か、どちらがより詩的に表現できるかということで決めれば良いと思います。しかし少なくとも、難解な漢字は避けるべきでしょう。読者が読めて理解できる。これは俳句の大原則ですから。


2023年12月17日日曜日

本部「歳晩風景」吟行

 今日は本部主催の吟行で、三宮の東遊園地からハーバーランド方面を歩きました。毎年12月の本部吟行は歳晩風景を写生することにしています。明石の魚の棚の歳晩風景を探ったこともありますが、最近では三宮界隈を歩くことが恒例化しています。

今回は参加者32名。9時30分にJR三ノ宮駅中央改札口に集合し、先ず東遊園地へ出掛けました。昨年までのこの時期の東遊園地にはルミナリエの電飾が美しく設置されていましたが、今回から、新年1月の開催に変更されました。阪神淡路大震災の犠牲者の鎮魂と神戸の復興を願ってのイベントでしたが、年を追うごとに観光化し、最近では外国からの観光客でごった返すようになりました。素朴な行事が、今では厳しい警備体制が敷かれ、ところてんのように一方通行の道路を押し出されるだけの見世物になってしまった感があります。震災が発生した1月17日に、改めて鎮魂の行事として再出発するように期待しています。

鎮魂の灯火「希望の火」を拝し、新設の「こども図書館」を眺めて句作した後、ハーバーランドへの道を辿りました。ここには震災で破壊された波止場が当時のままに保存されています。斜めになった外灯や壊れた岩壁の残骸に冬の潮が打ち寄せる光景に、当時を偲びました。対岸の埠頭には海王丸・日本丸の2隻の練習船が錨を降ろし、冬日の中に静かに佇んでいました。

その後、東遊園地の近くにある中央区文化センターに場所を移して、句会を開催、久しぶりに30名を超える盛会となりました。これだけ大きな句会になると、なかなか主宰の選に入るのは難しい。先ず互選に一句でも入れば喜ぶべし、と先代の主宰も仰っていました。

但しその句を誰が採ってくれたか、しっかり記録しておくことが大切です。自分より技量が上の人が採ってくれたら、次は更に上に人が採ってくれるように頑張りましょう。会の幹部クラスの人が採ってくれる様になってきたら、実力が向上してきた証です。漫然と聞き過ごすことが無いように、本部例会や本部吟行を賢く利用することをお勧めします。

2023年11月25日土曜日

萩三句

 俳句月刊誌「俳句四季」の12月号が発売されました。その最初の頁をめくると『巻頭三句』が掲載されていますが、そこに次の私の句があります。

     萩叢の揺るる野の道風の道

     躙り戸を閉づる音して萩の庭

     風あらばこその自在や萩の花

二句目の躙り戸とは、茶室に入る躙り口の戸のこと。今の私の到達水準を示す句かなと思っています。「萩三句」として、記念に残しておきます。

「九年母」新年号の記事執筆の最盛期。年中で一番沢山文章を書かねばならない時期で、ここ一週間が山です。東京では昨日は24度まで気温が上昇しましたが今日は7度とか。北海道・東北・北陸地方では大雪のニュース。体調管理がむつかしい気候です。風邪を引かないように、暖かくしてお過ごしください。

2023年11月14日火曜日

関西ホトトギス俳句大会

 令和5年度の関西ホトトギス俳句大会が11月11日・12日の両日、京都府宇治市の「お茶と宇治のまち交流館」で開催され、11日は88名、12日は108名の方が参加されました。両日ともホトトギス主宰の稲畑廣太郎先生、ホトトギス同人会長の安原葉先生がメインゲストとして参加され、在関西の、九年母・田鶴・河内野・山茶花・円虹の各結社の主宰とご一緒に選者を務められました。

今回は京都支部が開催責任支部とあって、西村やすし会長以下、京都在住の会員の皆様にお世話になりました。従来は第一日目は同人だけの句会、二日目は同人と一般会員合同の句会となっていましたが、今回は両日とも誰でも参加できる方式に変更になりました。平等院鳳凰堂や宇治橋など、名所旧跡を訪ねて句を拾いました。

九年母会からは、初日は裕子・美惠・元子・惠子の編集部の皆さんと美幸さんが、二日目は千恵子・露子・慶舟・清一路・伸子の皆さんが受付係や清記係などの委員を立派に努めて頂きました。皆様の御協力に感謝します。両日とも九年母会から沢山の方が参加して頂き、名乗りが聞こえていました。特に初めて参加された方の成績が良好で、嬉しい事でした。

初日の句会終了後、亀石楼という旅館に席を移して交流会が開催され、おいしい料理とお酒で、楽しいひと時を過ごしました。最後の締めとして、廣太郎先生の音頭で「六甲おろし」を合唱、大いに盛り上がりました。

来年の大会は11月に奈良で開催されます。大いなる成果を上げて、百周年の祝賀会の起爆剤にしたいと考えています。今年以上に沢山の九年母の皆さんが参加されるように願っています。