2025年3月18日火曜日

松苗神事献詠俳句祭の結果(速報)

 本日午前10時より、大阪の住吉大社吉祥殿にて、毎年恒例となっている松苗神事献詠俳句の最終選考会がありました。選考会の選者は俳誌「かつらぎ」の森田純一郎主宰、俳誌「未央」の古賀しぐれ主宰と私。かつては5名で務めていましたが、現在は3名になっています。

今回の応募句の総数は505句、その中から3名の選者による予選を経て最終選考に残った句は17句。最終選考に残る確率は3.4%と厳しき門でした。各選者が、自分が選んだ20句に5点から1点の点数をつけ、5点句を2句、4点句を3句、3点句~1点句を各5句それぞれ選びます。最後に3名が選んだ句を各句ごとに点数を合計し、上位の句から並べて順番に審査をして行きます。今回は最上位2句が共に10点でした。この句は類想句が有るとか、この句は季が動くとか、厳しい意見が飛び交いました。

最終選考に残った17句の内7句が九年母会員の句でした。事務局の神職さんから「この人も九年母?」という声がしばしば上がっていました。各結社の入賞・入選者数はそれぞれ2~3名でしたが、九年母は6名でした。その結果は以下の通りです。

   地賞 歌人の心を今に苗木植う     岸本悦子

   入選 苗木植う地震にも耐ゆる水の星  島崎すずらん

   同  苗木植ゑ千年さきの星語る    小柴智子

   同  復興へ弛まぬ歩み苗木植う    長谷元子

   同  停戦の足音しかと苗木植う    末永拓男

   同  歴史秘む社の大樹風光る     藤澤みか子

表彰式は4月3日、第一本宮での報告祭の後、吉祥殿で執り行われます。入賞・入選の皆様にお祝いを申し上げます。次は秋の観月祭です。頑張りましょう。

2025年2月16日日曜日

スカンク

 米国にはskunkという言葉があり、スカンクと読む。広辞苑を引いてみると①には動物のスカンクが載っている。敵に襲われた時に、猛烈な悪臭を発して敵から逃れる、あの動物だ。そして②に「競技で、無得点で敗れること。零敗。ゼロゲーム。スコンク」とある。

今回の話題はこの②の事。句会に出て、互選にも選者選にも一点も入らない時がある。今年の「九年母全国新年俳句大会」では、私の出した3句は見事にスカンク。誰も採ってくれないので、淋しい思いがした。その昔、摩耶山俳句大会で、代表選者の汀子先生の句がこのスカンクに襲われた。好評の最後に先生が「今日は口淋しい一日でした」と言われ、会場中が大爆笑した思い出がある。なるほどそう言えば良いのかと、妙に感心した。

誰だってスカンクは嫌だ。そんな時に心が折れないようにするためは、その日の自分の選を振り返ればよい。今日の自分の選はどうだったか、選者の特選の句は採れたか、普通選の句はどうだったか、日頃から尊敬している先輩の句は採れたか、と。選者の特選の句が3句採れた。先輩の句が2句採れた。これは嬉しいことだ。今日駄目だったのは、夕べの夢見が良くなかったのだ。朝からお腹が痛かったのも原因かも。だけど今日は良い選が出来た。こう思えば何ということもない。よし、次からはもっと良い選をしようと思って頂ければ最高である、

自分の作品の成績にばかり汲々としていると、底のない井戸に落ちてしまう。作句力と選句力とは車の両輪。どちらが欠けても車はまっすぐには走れない。自分の選の力も、意識して磨いて行ってほしい。

2025年1月30日木曜日

鳥帰る

 「鳥帰る」という言葉を「ホトトギス俳句季題便覧」で検索すると春三月の季題となっている。昨日、拙宅の近くを流れている宮川の河口付近を散策していたら、つがいのヒドリガモが群れになって泳いでいた。帰る途中なのだ。何故分かるか。それは「つがい」がヒントになる。

日本に渡って来た時はつがいを形成していない。オス・メス混成でシベリヤから渡って来る。それが日本で冬を過ごす間につがいが出来る。越冬の終わりの頃には、ほとんどの鴨がつがい単位で餌をあさっている。集団に見えるのは、このつがいが集まっているだけで、集まったからといって、つがいが壊れることは無い。必ずオスとメスがつがいになる。生物にとって子孫を残すことは究極の価値なのだ。

このようなつがいの集団が大きくなって、やがてシベリアに向って飛び立ち、彼の地で産卵し子育てを行うのだ。その頃にはオスの羽はメスと同じ色に生え変わり、外敵に対して保護色となる。従って、シベリアの人は鴨のオスの、あの美しい姿を知らないのだ。

日中、何組かの鴨のつがいの集団を見かけ、翌朝いなくなっていたら、北へ旅立ったと解釈して間違いない。鳥帰るとはこのことだ。地球温暖化の影響でシベリアが暖かくなってきており、渡って来るのが遅く、帰って行くのが早くなってきている。3月では遅すぎるのかも知れない。これからは毎朝の探鳥(探鴨)が楽しみだ。

2025年1月13日月曜日

新年の事業の成功

 昨年末に体調を崩し、「恙身に年酒と言へど許されず  伸一路」という状態でしたが、1月8日の汀子生誕祭俳句界の司会と選者をこなし、12日開催の九年母全国新年俳句大会を無事終えました。汀子生誕祭俳句界には各結社から96名の参加がありました。九年母会が当番に指名され、編集部を中心に6名の女性方に披講などのお世話を頂きました。句会ではこの6名全員が稲畑廣太郎先生の選に入り(内2名の方は特選)、大いに意気が揚がりました。

この句会では、参加された他結社の方の、九年母会に対する見方が変わったと感じました。これは創刊100周年記念事業の成果だと思います。関西ホトトギス同人会の事務局の重鎮の方が、「九年母さんがこんなに古い結社だったとは知らなかった」とつぶやかれたのが印象的でした。

九年母新年俳句大会には44名の会員の参加があり、大いに盛り上がりました。会が始まるまで須磨寺を吟行された方も沢山おられました。播水の句碑を拝見したり、本坊前の庭の寒牡丹を見たりと句材も豊富にありました。九年母賞受賞者や選者特選賞を受賞された方の表彰や、新推薦作家、新同人の披露等の華やかな行事の後、美味しい食事を頂きました。その後句会に入り、有意義な時間を過ごしました。

私の主宰就任の翌年の正月から初めて今年で9回目。句会にはちょうど良い人数です。今年参加できなかった方も来年は是非ご参加ください。これで年初の大きな事業が終わりましたので、もう暫く静養をさせて頂きます。

2024年12月14日土曜日

漣月集の購読について

 この度の九年母創刊百周年記念祝賀事業の一環として刊行しました私の随筆集「漣月集」を、紀伊民報社で購入の取り扱いをして頂けることになりました。またそのための広告も計画して頂いているとのことで、喜んでいます。

先般の百周年記念祝賀会に参加された方には一冊づつお渡ししました。また当日ご欠席の方で高額の祝い金を頂きました方には別途お送りする予定です。その他の皆様にもお分けできますので句会単位でお申し込みください。句会に入って居られない方や九年母会員でない方でもお受けしていますので、下記までご連絡下さい。消費税・送料込みで一冊1500円です。

      080-1526-6932  小杉

ご連絡をお待ちしております。なおご好評を頂きました「俳句四季」掲載の『レジェンド我が源流 五十嵐播水』三部作は、時期を見て九年母誌に掲載の予定です。ご期待ください。

2024年11月22日金曜日

訃報

 ホトトギス同人で、九年母同人・推薦作家の伊藤虚舟様(摩耶山天上寺貫主伊藤浄厳大僧正)が、11月21日、齢87歳をもって逝去(遷化)されましたのでお知らせします。

      通夜 11月26日(火)午後5時より

      葬儀 11月27日(水)午前10時より12時まで

      場所 摩耶山天上寺 轟不動堂にて

九年母会からは、私の他、役員数名が葬儀に参列の予定です。参列を希望される方が居られましたら、私までご連絡ください。080-1526-6932

2024年11月18日月曜日

100周年祝賀行事の終了

 昨日、芦屋市内のホテルにて、九年母創刊100周年記念祝賀会が、約120名の方が参加され、盛大に開催されました。夜明けの頃に激しい雨が降りましたが、準備が始まる午前8時30分頃には晴れて来て、気温も23度までぐんぐん上昇し、11月下旬とは思えないような暖かさとなりました。まさに100周年を祝うにふさわしい天候でした。

リコーダーの厳粛な演奏に引き続き、九年母会を支えて来られた何万もの諸先輩方を偲んで深い黙祷を捧げました。主宰の挨拶に引き続き第1陣の来賓の祝辞を頂きました。住吉大社の小出権禰宜様の講演「言葉の神様住吉さん」を拝聴して式典は終了。引き続き祝宴が始まり先ず第2陣の来賓の祝辞を頂いた後、食事会に入り、大正琴の活き活きとした明るい演奏で会場の雰囲気は最高潮に達しました。演奏の後、出版社関係の来賓の祝辞や主宰の友人、遠隔地から参加された会員による祝辞が続き、最後に実行委員長の謝辞で締めくくられました。

主宰が挨拶の中で、主宰就任以来10年にわたって主宰を支えて来られた前編集長の片岡橙更さんに副主宰をお願いしたいという思いを述べられ、満場の拍手で支持が表明されました。主宰の挨拶に続いて、プログラㇺには予定されていなかったのですが、片岡新副主宰が受諾の挨拶をされ、会場から大きな拍手が送られました。

斯くして、100周年の祝賀会は幕を閉じましたが、やや狭い会場に100名を超える人が入ったこともあり、人と人との距離感が近く、手作り感のあるアットホームな祝賀会だったと好評を頂きました。

今回は、単に何号記念という通過的な儀式ではなく、100年という歴史を振り返って、通って来た道を再認識し、先人のご苦労を偲んで感謝を捧げると共に、将来への決意を固める契機でありました。乾杯をして終るものではないのです。

主宰が月刊俳句総合雑誌「俳句四季」10月号から12月号までの3か月連載で播水についての論文を発表したのも、100百周年の記念として同誌の編集部が企画して下さったものです。今回の100周年関連の随筆を合計すると、原稿用紙50枚を優に超えました。どのように評価されるかは分かりませんが、100年目の一つの区切りにはなると思います。今後も、「九年母」の沢山の主宰方のレジェンドが書かれることを望みます。

4月に設置された記念句碑と今回の記念祝賀会とで、100周年記念行事は全て終了、久しぶりに平穏な作句活動に戻ることになりました。ご協力いただいた全ての皆さんに、心から感謝申し上げます。