淡路島の九年母同人奥山梅村先生が、3月4日亡くなられました。昭和3年のお生まれですから、86歳でした。お住まいが淡路島であることから、同地で九年母の本部吟行を催す際には、お弟子さん方を指導して、会場のお世話から現地の案内に至るまで、心を尽くして下さいました。養成されたお弟子さん方も優秀な方が多く、先生の日頃のご指導の的確さを物語るものです。
何よりものその大らかな性格が魅力的でした。それに大きな声。発行所から原稿の謝礼をお送りすると、翌日には決まったように、大きな声で受領の旨の電話がかかって来ましたが、昨年の暮にはお電話が無かったので、心配をしていました。
個人的には熱心にホトトギスに投句されておられました。客観写生を至上とする九年母の中で、それも高齢の方の中で、花鳥諷詠を志す先輩に出会えたのは、先生が初めてでした。その後も、「野鳥の歳時記はいつも見ているよ」などと、私を応援し続けて下さいました。有難いことです。
見はるかす淡路島山春の雷 伸一路
先生に捧げる私の悼句です。神戸から望む、春霞に包まれた淡路島の山に御霊は眠っておられます。先生の大きなお声が聞えて来たのか、それとも春の雷だったのか。ご冥福をお祈り申し上げますと共に、ご遺族の皆様に心からなる哀悼の意を捧げます。
6日の告別式に参列するつもりで準備を進めて来ましたが、5日の昼過ぎ頃から高熱を発し、掛かり付けの医院を受診しましたら、インフルエンザとの事。お見送りができず残念なことでした。
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