先日の野鳥俳句会のある句会で、「硯洗」という題が出されました。硯洗いと読み、七夕の前日に硯を洗い、翌日の七夕に備えることをいいます。当日の句から、いくつか見てみましょう。
能筆の妣(はは)は硯を洗はざり [妣は亡くなった母親の事]
短冊に平和の願ひ硯洗
洗ひたる硯伏流水豊か
なぜ、七夕の前日に硯を洗うのでしょう。七夕の朝、芋の葉に置いた露や、稲の葉の露を取って墨をすり、牽牛・織女の二星に捧げる短冊を書きます。その為に、前日に硯を洗い、机を整えるのです。願うところは書や文章力の上達です。
硯を洗うのは日常茶飯事。毎日のように洗う方もあるでしょう。しかし「硯洗」は「七夕」と同じ秋8月の季題。書を習う方や文筆家にとって、硯洗は年に一度の、秋の行事なのです。
達筆は享けず硯を洗ひけり
照る坊主吊るし硯を洗ひけり
洗ふごと硯に満つる水清し
七夕を迎える喜びを感じます。季節感は俳句の命です。
遺されし硯を洗ふ夕かな 伸一路
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