2015年6月15日月曜日

インタビュー

拙宅での、文學の森社のインタビューが終わった。午後2時に始まり4時に終わる予定だったが、話しが盛り上がり、2時間延長して6時過ぎに終わった。インタビュー自体は4時頃には終わったが、その後のオフレコの部分が長くなった。記者の方は俳歴4年で、伸び盛りの若い人だった。入社したら即50句提出と、俳句ずくめの会社だそうだ。社長以下全員が俳人だとか。そうでなければ編集はできないかも知れないと、妙に納得した。

インタビューに先立って、自宅近くの公園でグラビア写真を撮影した。四阿の中や池の端、橋の上や欅並木などいくつかのポイントに立って、九年母誌を手に持ってポーズをとった。あまり怖い顔ではいけないと思い、微笑みを作って撮って頂いたが、その内に顔が引きつって来て困った。

インタビューの内容は難しいものが多かったが、熱心に聞いて頂いた。一番厳しい質問は「客観写生と花鳥諷詠との違いを簡潔に述べよ」というもの。虚子の本や汀子先生に習った事を自分なりに咀嚼してお話しした。客観写生だけの句は美しい死体。客観写生の句に情が流れて花鳥諷詠の句となる。花鳥諷詠句は暖かい血の通った俳句だ、と。記者によれば、これだけ明確に答えた方は初めてだ、とのこと。聞いていて鳥肌が立った、とも話してくれた。

オフレコになってから、若い人達が口語文法の俳句を好んで詠んでおり、この人たちが50代、60代と歳を重ねて行ったら、やがて伝統俳句は滅びてしまうのでは、という質問が有った。それに対して私は次のように答えた。

文語体で書かれた作品を思い起こしてほしい。「奥の細道」や「方丈記」のあの美しい調べには、日本人ならだれでも聞き惚れてしまうものがある。文語体は日本人のDNAに沁みこんでいる調べだ。耳に心地よい調べなのだ。歳を重ねるに従って日本人は、このDNAが語る調べに耳を傾けるようになる。祖母や母が歌ってくれた童歌のように懐かしく。だから私は、伝統俳句が滅びるとは思わない、と。

大きな仕事が一つ終わった。インタビュー記事と九年母主要同人20名の句が、俳句雑誌『俳句界』8月号に掲載される。角川の『俳句』8月号にも私の句が掲載されるので、ご覧頂きたい。

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