2016年10月31日月曜日

お宝

早いもので、明日から11月。9月・10月と続いてきた全力疾走が来月も続きます。12月には少しほっと出来ると、楽しみにしています。発行所を手伝ってくれている家内に、たまには気分転換の旅行でもと思うのですが、時間的にその余裕がありません。先日、一泊泊まりで私の実家に掃除に帰った時の、畑の柿の実採りが楽しかった、と申しております。

さて、今日は東京から、ある雑誌社の社長さんが来られ、私の「お宝」を見せろとの事。もう30年も前から毎月、金の積み立てをしていますが、手元にあるのは明細書だけで、お宝にはなりません。何かないかと思案の末思い付いたのが、俳号の証書でした。

平成59年3月2日、和歌山県竜神温泉の旅籠「上御殿」の「段上の間」にて、新しい句会の発足式が催されました。西宮市役所の若手の職員を中心とする7名程の句会です。指導者は、九年母同人で、当時の西宮俳句協会の故古澤碧水会長。発足会員の一人として、市役所の隣にあった銀行の支店に勤務していた私も入っていました。当時37歳の青年でした。

融資係長の私に、ある得意先の社長が声を掛けてくれました。「今度、新しい句会を作ることになったが、あんたも来ないか?」俳句を詠んだことも無いのに、なぜついて行ったのか分かりませんが、この一言が私の俳句生活の出発点になったのです。その発足式の席上、古澤碧水会長から全員に色紙が授与されました。私の色紙にはこう書いてありました。

    証  小杉伸一路  右の俳号を贈ります  平成59年3月2日  古澤碧水

会長が読まれたこの証の俳号こそ、私の一番の宝物で、今でも大切に使わせて頂いています。式の後、吟行に出かけ、夕食後、初句会を開きました。

          山の香の溢るる里や射干(しゃが)の花   伸一路

この句が会長の特選になりましたが、俳号は数時間前に頂いたばかり。つまり、私は俳号を頂いてから、生れて初めての句を詠んだことになります。

雑誌社の社長はこの色紙の写真を撮って帰られました。12月号にこの記事が掲載される予定です。

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