2019年3月2日土曜日

蘆焼という季語

ある俳壇に「蘆焼の雲煙立ちて日を覆ふ」という句が有りました。野焼くという季題はホットギス新歳時記にあり、傍題に、野火・草焼く・畦焼く・芝焼く、があります。
角川合本歳時記では、畦焼く、畑焼くという季題の傍題にあり、ホトトギス新歳時記とは少しニュアンスが違うようですが、どちらも早春の季題です。

掲句の「蘆焼く」はこのどちらの歳時記にも無く、角川大歳時記にも講談社版日本大歳時記にも載っていません。蘆は川原や岸辺に生えますから、野でも畑でもないという理屈は通りますので、大河が流れる地方のローカル季語(季題ではない)かと思います。しかし歳時記に無いのも事実ですので、「蘆焼き」という季語を使うならば、蘆焼きで有名な川など、情景が分かるように詠まないといけません。掲句で云うならば、敢えて蘆焼きに拘らなくても、野焼きでもよいのでは、と思います。雲煙が立つのであれば、山焼く、でも良いのではないかでしょうか。ここで見て来たと詠んでも、作者が思うほど読者は関心を示してくれません。むしろ、どこででも誰にでも分かるように詠む方が大切です。その方が、全国の読者には分ってもらえると思います。

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