今晩の午前0時を持って、全国に出されていた緊急事態宣言が解除されます。第2波・第3波の襲来を警戒しながら、徐々に従前の生活に戻すことになります。しかし、6月は助走期間であり、本格的な回復は7月に入ってからになるでしょう。姫路支部は7月から再開と聞いています。再開するといっても「三密」を避けるためには、従来のような狭い部屋では無理ですので、部屋の確保が難しくなりそうです。
さて、今日はある俳壇に投じられた句の中から、たまたまメモしておいた鯉幟の句を見てみましょう。
鯉のぼりくねる鱗の眩しけり
句の意味は分かります。鯉幟の鱗が金色で描いてあって、それが風に靡いて眩しく光っているのでしょう。問題は下五の「眩しけり」です。何度も申していますが、「眩し」のような形容詞には「けり」という助詞は接続しません。この間違いは良く見られます。楽しけり、と使っているテレビのコマーシャルがありますが、誤りです。正しくは「眩しかりけり」とするべきです。この場合、「けり」を省略して「眩しかり」とすることもあります。余談ですが「けりを付ける」という言葉は、この「けり」が最後に着くから生まれたと言います。
孫からの絵手紙届く鯉幟
鯉幟の揚げられる季節には、こんな事も良くあるでしょう。ただ注意しなければいけない事は、絵画に描かれた、あるいは写真に撮られた対象物は、それが季題であっても季題にはなりにくいという事です。鯉幟だけではなく、胡瓜や茄子、朝顔などが描かれた絵手紙を頂きます。会社を訪問しますと、応接室に満開の桜を撮った写真が額に入れて飾ってあります。しかしながら、頂いた絵手紙は、年末の大掃除に際にも目にすることがあります。応接室の桜の写真に至っては年中掛かっています。そうなると、季節感が有りません。絵に描いた餅のようなもので、その絵を残暑の頃にご覧になっても、正月の淑気は感じられないでしょう。絵や写真の季題の扱いには気を付けたいものです。
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