2021年6月12日土曜日

蛍は、ほたる

 私が住んでいます芦屋市には、宮川と芦屋川の二本の川があり、六甲山に源を発して、大阪湾に流入しています。宮川は年中流れていますが、街の中を流れていますので、どうしても生活排水が混じってしまいます。一方の芦屋川は有名な暴れ川で、六甲山地から大阪湾までの僅かな距離を、雨が降ると鉄砲の様に流れ下ります。しかし雨が止んで二日もすれば、また元の涸れ川になります。水が涸れているのではなく、伏流水となって河口へ向かい、河口の先の海底から、湧き出しているのです。

こんな涸れ川の芦屋川にも、梅雨の頃には豊かな水流が戻ります。阪急芦屋川駅から、川沿いに少し上った辺りでは蛍が飛びます。街の川に蛍が飛ぶとあって、たくさんの方が見に来られます。

ところで、この蛍、「蛍飛び」と5音で使う場合は問題が無いのですが、例えば「蛍の闇を漂ふ高さかな」という句の場合には、俳句の世界では慣例的に「ほうたるの」と5音にして読みます。俳句をやらない方からは、「ほうたる」という日本語はおかしいという批判が出るでしょう。蛍狩りは「ほたるがり」であって、「ほうたるがり」とは言わないと。確かにその通りですが、五・七・五の定型を守らないと俳句になりませんから、苦し紛れに「ほうたる」と詠んでいるのです。他にも、牡丹を「ぼうたん」、蜻蛉を「とんばう」と詠む例もあります。

しかし、こんな詠み方をしていて、将来的に若い人達が付いて来てくれるかどうか、疑問に思うことがあります。俳句をやらない友人に句集を差し上げると、「ほたるの」では字足らずではないか、という質問を受けます。俳句の面白さと言えばそうかも知れませんが、私は、蛍は「ほたる」、牡丹は「ぼたん」、蜻蛉は「とんぼ」と詠む方が良いのではと思って実践しています。

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