九年母誌の俳句の表記は全て歴史的仮名遣いに依っています。ところがかつての雑詠選の欄では、我流の仮名遣いや新仮名遣いが可成り入り混じり、当時の編集長が悩んでおられたのを思い出します。主宰が雑詠の選をする段階で添削すればよかったのですが、それが無かった。旧仮名への修正は校正の範囲と考えておられたのかも知れませんが、雑詠欄の添削は主宰の責任です。編集長が悩んでおられる様子が、当時の編集後記に見られます。将来的には九年母誌の表記は新仮名遣いにしたらどうか、とまで書かれていました。
一転、私が主宰を継承してからは旧仮名遣いに統一。雑詠の選の段階で、新仮名遣いは,作品としての詩情を損なわない範囲で、旧仮名遣いに添削しています。旧仮名表現の美しさに対する憧れがあるからです。
思い出の ⇒ 思ひ出の たまわりし ⇒ たまはりし
終わりけり ⇒ 終はりけり 居ない ⇒ 居らぬ
こんな調子で直します。九年母誌の雑詠欄を見て、自分の句が直されている事に作者は気付かないかも知れませんが、九年母誌は国会図書館を初め、主要な新聞社や出版社、各地の図書館などに配布され、全国の方が手に取って見ておられます。100年の歴史がある結社誌の名前を恥ずかしめないようにと思っています。
少し緊張して作句すれば、仮名表記の違いに気付く筈です。また、その様な方は実力を伸ばされます。九年母賞に応募する時なども、十分に点検して、不注意なミスが無いかどうかを確認しましょう。九年母誌は旧仮名遣いという歴史の中で、未来に繋がって行きます。
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