先日のある句会で、鞦韆という席題が出ました。シュウウセンとは、ふらここ、ぶらんこのことで、春4月の季題です。ところが、清記が回って来ましたら、鞦韆という季題が理解できていない句が見かけられました。たとえば、次のような句です。
ふらここを漕げば鎮まる怒りかな
ふらここを揺らす邪念を払ふべく
叱られて漕ぐぶらんこを思ひきり
では、鞦韆・ふらこことは、どんな季題なのでしょう。字を見ても分かるように、もともとは中国の春の行事から来ている言葉のようです。「冬から解放された子供たちが、春風に向かって髪をなびかせてぶらんこを漕ぐ躍動感は、まさに春の物である。」と角川合本歳時記にありますが、これが鞦韆の本意だと、私は解釈します。
この本意に照らしてみますと、怒りを鎮めたり、邪念を払ったり、という上記の句は如何でしょう。季題は、その本意を十分理解して、うまく活用するときに、優れた働きをしてくれます。上記の句、怒りを何かにぶつけたい、という作者の気持ちは分かりますが、怒りをぶつける矛先が違うようです。腹が立ったら、オートバイをブッ飛ばすとすっきりする、という類いでしょうか。3句とも、怒りからの心の解放を求めているのは分かります。しかし、そこに季節感が感じられるでしょうか。春が来た喜びを。春風に向かって、髪をなびかせながら漕ぐ喜びを。
当日の巻頭に、次の句を頂きました。
ふらここに乗る子見ている子も笑顔
ああ、春だなーって感じの明るさ。漕いでいる子、見ている子、みんな笑顔で大きな声を出して。
宙天を蹴る鞦韆の声高し
鞦韆の軋む音が聞こえて来ます。
ふらここの六年生という勢(きおい) 伸一路
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