2026年1月18日日曜日

今年の活動方針

 1月11日の九年母全国新年俳句大会も無事終わりました。その翌日12日に開催された伝統俳句協会関西支部の役員会と新年句会も無事終わり、溜まっていた仕事を順次片付けています。「三木市民俳句まつり」の選も終わり、県警本部の俳壇の原稿も終わりましたが、各句会の後日選が未だ残っています。そろそろ九年母3月号の原稿に着手しなければいけない時期なので、追われています。

今年の全国新年俳句大会は湊川神社の楠公会館で56名の参加を得て開催され、新推薦作家や新同人の推挙、名誉会員の披露や九年母賞の表彰など多彩なイベントが行われました。昼食の後は本部吟行の形で句会を開催しました。

席上、私は今年の活動方針として、昨年同様会員の増強を訴えました。100周年記念行事が終わった後の私の最大の仕事は私自身の後継者の指導育成ですが、参加者の皆さんも各自の後継者を発掘して育成するようにお願いしました。継続は力なりと言いますが、会員が作句力を切磋琢磨し優れた俳人として成長してゆくためには会を継続する事が絶対条件であります。

九年母の俳句が好きな人は、自分の思いを後輩に伝えましょう。九年母の詠み方が好きな人は、自分の学んだ詠み方を後輩に伝えましょう。自分の句が入選するように頑張ることも大切ですが、自分が育てた後輩が俳人として育ってゆく姿を眺めるのも楽しいことです。後輩とは必ずしも自分よりも歳が若いという意味ではありません。これから俳句を学んでみようと決意された後進の方のことです。

皆様お一人お一人の後輩を育てて頂きますようにお願いします。

2025年12月27日土曜日

年の暮れ

 相変わらずの多忙。今週の月曜日から今日の土曜日までの6日間で自宅で仕事をしたのは月曜日の1日だけ。月曜日は大阪府警本部の機関誌の俳壇の選と九年母の雑詠選、火曜日は野鳥句会、水曜日は癌の定期健診で病院へ、木曜日は兵庫県警から若くてチャーミングな婦警さんお二人(警部補と巡査部長)が年末の挨拶に来訪、金曜日は九年母編集部の集いに、そして本日土曜日は、本年最後の句会に出席するため姫路へ。

とにかく忙しい一週間でしたが、癌検診の際に担当してくれた若い看護師さんと、年末の挨拶に来られた婦警さんの内のお一人が共に松山のご出身で、それぞれ俳句談義に花が咲いたことが印象的でした。俳句もまだまだ捨てたものではないことを実感しました。

やっと今年の全ての句会が終わりました。1月8日の汀子生誕記念俳句祭から本日の姫路句会まで、この一年間で一体幾つの句会に出たのでしょう。幾つの句会の後日選をしたのでしょう。同級生のほとんどが終日テレビの守りをしているという時期に、心に張りを持って元気で忙しく走り回れるのも、俳句を愛する皆様のご支援のお陰。「おかげさん」です。

今日用があって、今日行くところがある。キョウヨウとキョウイクに満ち溢れた1年でした。来年は「若い芽を育てる」をモットーに、皆さんお一人お一人がご自分の後継者を探して育てる年にしたいと思います。

2025年11月11日火曜日

関西ホトトギス俳句大会に参加して

 11月8・9の両日、大阪城の南側にあるKKRホテル・大阪にて関西ホトトギス俳句大会が開催されました。九年母会からも清記や披講・受付などの係に8名の方が活躍され、会員の方も多数参加されました。8日は145名、9日は111名と、素晴らしい数の参加者があり、大いに盛り上がりました。初日は廣太郎先生と在関西の各結社の主宰の選、2日目は廣太郎先生の選のみでした。

初日は小春日の好天に恵まれ、吟行日和となりました。近くのカトリック教会の司教のご協力で教会の内部を見学できることになり、たくさんの方が教会を吟行されました。細川ガラシャ夫人や高山右近ゆかりの地を吟行する方も居られました。

私はお城の庭を一人でさ迷い歩き、石垣に籠る人間の怨念のようなものを追い続けました。大阪夏の陣や冬の陣で、豊臣方と徳川方が死闘を繰り広げた戦場に籠る怨念です。そして

    人の性思ふ石垣城小春  伸一路

という句を得ました。この句は当日午後の句会で廣太郎先生の特選2席を頂きました。2日目は朝から雨になりました。私は雨が苦手。やむなく雨の大阪城を吟行し、笹鳴や濠の水鳥の句を詠みました。

2日間で6句を投句し、内5句が廣太郎先生の選に入り、その内の1句が上記の通り特選でしたが、ショックだったのは、両日の句会とも私の句は互選や主宰選には全く入らず、両日とも廣太郎先生の選だけに入った事でした。毎年関西ホトトギス俳句大会に参加して来ましたが、こんなことは初めて。これをどう捉えたらよいのか悩んでいます。

一つの要因として考えられるのは、教会を吟行した句が可成りあったのですが、ステンドグラスに天使が飛んでいたとか、キリスト教の教義とはおよそかけ離れた、いわゆる見たままの句が多かったように思います。逆に言いますと、対象を見詰めて深く沈潜し、ガラシャの苦悩にまでたどり着いた句が少なかったという印象を受けました。

吟行はどうあるべきか、吟行句はどう詠むべきか、改めて考える機会になった大会でした。


2025年10月21日火曜日

オーニソガラムの植え付け


 10月の一大イベントであった西播磨俳句祭が無事終わり、ほっとしています。次のイベントは10月31日(金)に明石市立勤労福祉会館で開催される、明石市高年クラブ連合会主催の講演会。明石市とその近隣にお住いの方は是非ご参加ください。11月は、8・9日には大阪市で関西ホトトギス俳句大会、16・17日には九年母同人会主催の北近江への一泊吟行会という大きなイベントが待っています。

さて、あの暑さが嘘のように急に涼しくなって来ました。北海道や青森からは雪の便りが聞こえ、関西でも朝夕は寒いくらいの気候です。今年の6月に本部例会でお配りしましたオオニソガラム(和名オオアマナ)の球根はもう植え付けられたでしょうか。拙宅では、今月10日に植えた球根から写真のような新芽が出始めました。来年5月2日が開花の予定日です。未だの方はそろそろ植え付けましょう。今年は予定日が少し遅れて5月4日に初花が咲きました。この暑さがどう影響するか。毎日心待ちにしながら世話をしています。

2025年9月12日金曜日

住吉大社観月祭献詠俳句最終選考の結果

 9月12日(金)午前11時から、住吉大社吉祥殿に於いて、掲題の選者会が開催されました。出席した選者は、俳誌「かつらぎ」森田純一郎主宰、俳誌「未央」古賀しぐれ主宰と私の3名。普段は仲の良い3人ですが、いざ選になると意見が対立してガチの議論になります。宮司さん他、大社の関係者も同席され、我々の議論を聞いておられる。そして順に入賞・入選の作品が決まって行きます。投句総数480句。内、最終選考に残った句は17句。内、九年母関係者の句は8句。内6句が入賞・入選となった。詳細は以下の通り。

   天賞 言の葉の玉なす月の祭かな     柏木由美子

   佳作 あふれ降る光分かちて月の客    平  敦子

   同  歌神の静かに降りて来し月夜    清水貴美代

   同  偕老の影の静かに月の縁      塩見 成子

   同  月に詠む大和ことばの調べかな   仲井 慶舟

   同  蘭陵王まなこ鋭く月に舞ふ     渡辺しま子

入賞・入選者合計13名の半分を今回も九年母会員が占めるという、抜群の成績でした。受賞される皆さんに心からなる祝福をお送りするとともに、僅かな差で受賞を逃された2名の方を始め、投句された会員の皆様の御努力に敬意を表します。ご苦労様でした。

なお、表彰式は10月6日(月)の18時から。第一本宮に於いて斎行された後、会場を朱塗りの太鼓橋に移し、若い神官により短歌と俳句の受賞作品が披講・朗詠されます。満月が見下ろす橋の袂には大きな篝火が焚かれて雅楽が奏され、まさに平安時代の雅の世界が現出されます。

2025年9月1日月曜日

多作の勧め

 作者によっては毎日何十句という俳句を詠む人もあれば、雑詠選に出すため月に5句詠むのが慣わしのようになっている人もあります。人は様々で、どちらが良いというものではありません。しかしこれはベテランの域に達した人のことであって、その域に達していない人は、多作を心得るべきだと思います。

駄句でもなんでも良いのです。とにかく5・7・5の形に言葉を配して季題を置く事を、普段から心掛けましょう。散歩する時も、食事をする時も、家事をする時も、いつも俳句のことを考えていて、とにかく何でもよいから5・7・5にしてみましょう。俳句のリズムを心に浮かべることです。朝顔があったら詠む。蝉が鳴けば詠む。何かに感動したら詠んでみましょう。すべて訓練です。

この様な訓練を積んでいると、自然に俳句が浮かんでくるようになります。句材を発見する訓練が効果を発揮しだしたのです。たくさん詠んで、その中から気に入った句を句会に出せばよいのです。とにかくたくさん詠むことをです。そうすれば良い句も詠めてきます。

私はその昔、伝統俳句協会賞の応募句を得るために、三日間神戸港に通って、毎日50句詠む行に取り組んだことがありました。俳誌「未央」の主宰をされた吉年虹二先生が今宮戎神社の初戎献詠俳句祭の表彰式の際、「君は月に何句詠むかね」と質問されました。私が主宰になる遥か前のことです。私は「毎日5句ぐらいですから150句ぐらいです」とお応えしたら先生は、「私は毎月900句は読んでいるよ」と仰いました。さすがに偉い先生は違うと感心したことがありました。皆さん、たくさん詠みましょう。

2025年8月28日木曜日

アイヌ民族の文化を学ぶ

大阪俳句史研究会ご依頼の講演会や播水に関する論文執筆などの、「九年母」 刊行百周年記念事業の事業が全て終わりましたので、娘をガイドとして家族3人で、8月20日から22日まで、北海道の道南の旅に出かけました。

先ず初日は函館を訪れ、日本史好きの娘の希望で五稜郭の旧奉行所や五稜郭タワーを見学し、旧幕府軍と明治新政府軍との戊辰戦争について学びました。翌21日は函館市内の坂本竜馬資料館や旧函館公会堂など、歴史的な文化財を巡り、登別で宿を取りました。

三日目は白老に行き、私が一番楽しみにしていたアイヌ民族の文化に触れられる施設「民族共生象徴空間・ウポポイ」を見学しました。以前から大和言葉とアイヌ語との共通点に興味を持っていましたが、今回は施設で演じられるウポポ(歌)やリムセ(踊り)を実際に見聞きして、歌の音律の共通点を探るのが目的でした。その結果、重大な発見がありましたが、詳しくは九年母誌上で発表する予定です。

チタタプとはアイヌ語で「私・叩く・物」という意味で、肉や野菜を刃物で細かく叩いて料理を作る時に唱える言葉だそうです。千葉県の郷土料理「なめろう」のようなイメージでしょうか。チ(私)は自分を表す関西の女性の言葉ウチのチでしょうか。タタはそのまま「叩く」です。盆のことをイタと、これもそのまま。板を叩く。面白いですね。皆様も言語感覚を研ぐためにも、アイヌ語をスマホで検索してみましょう。アプンノ オカヤン(さよなら)